2011年9月1日木曜日

杉浦醫院四方山話―74 『べっ甲』

 甲府市は、水晶細工の技術を伝統的に蓄積し、「水晶の町・甲府」として、駅前ロータリーにも水晶の噴水をシンボル的に設置していました。昭和61年の駅前整備でこの噴水は姿を消し、現在ある信玄の座像に変わり、「水晶の町・甲府」より「信玄のお膝元・甲府」といった感じで、水晶の影が薄くなったように思いますが、如何でしょう。甲府の水晶細工のようにべっ甲細工を伝統工芸、地場産業としてきた都市は、九州の長崎市です。
 「べっ甲」と聞いてもピンとこない若い世代も多くなりましたが、べっ甲は、玳瑁(タイマイ)と言う、南方の海やカリブ海、インド洋などに生息している海亀の一種で、そのタイマイの甲羅や爪、腹甲を加工して作ったものを「べっ甲細工」と呼び、古くから長崎で生産されていました。平成5年のワシントン条約でタイマイの輸入が禁止され、べっ甲産業も衰退の道をたどっているという現状は、甲府の水晶と重なります。そんなことからべっ甲細工は、年寄り趣味と言うイメージが強く、若者にはギターなど楽器のピックとしてのべっ甲といった程度の認識が一般的だそうです。材料が貴重で、限られている上に今も職人の技に頼る量産できないべっ甲製品は、高価なことから、若者には手が出せないという現実もあるようです。
 健造先生が愛用していたべっ甲のステッキも展示コーナーにありますが、純子さんが、「祖母や母が使っていたものですが・・・」と和紙で包まれたべっ甲細工の数々を持参してくれました。この全てが、べっ甲の「髪留め」「くし」「かんざし」で、日本髪に欠かせない実用の具ですが、職人の手で1本1本たくさんの工程を経て作られた製品は、色褪せするどころか、素材の色合いを活かしたシンプルなデザインに細工が施された見事な工芸品、美術品としての気品を醸しています。