2018年8月30日木曜日

杉浦醫院四方山話―551『ちょんな・釿(ちょうな)』

  平成の市町村大合併では、地域の博物館・資料館の統廃合も余儀なくされましたから、これまでに各市町村が収集してきた民具や農具がどうなったのか?文化財の収蔵や管理の問題が表面化しつつある今日この頃です。

 文化財と云えば、縄文や弥生の土器類や仏像などをおもい浮かべる方が多いのですが、人々の暮らしとともに歩んできた民具や農具も文字記録に残らなかった地域社会の歴史や暮らしの情報を伝える貴重な文化財です。

 

 特にコンピューター社会となり生活様式の激変や農業の機械化が急激だった日本では、つい10年前まで普通に使われていた「モノ」が役割を終え、処分されているのが日常となりました。


 昭和町築地新居のTさんから「親父が使っていたものだけど・・・」と軽トラ一台分の民具と農具が今月当館に寄せられました。「親父は大工だったので、もう「ちょんな」も珍しいと思って」と、建築に使われていた大工道具もありましたので、随時紹介していきます。

 

 甲州弁なのか定かではありませんが、Tさんの言う「ちょんな」は私も「ちょんな」と思っていましたが、漢字表記は「釿」で、読みは「ちょうな」が正確なようですが、ここでは「ちょんな」で統一します。
Tさんから寄贈いただいた「ちょんな」二本


ちょうな に対する画像結果 右写真の古民家のように「ちょんな」で削られた梁や柱が「カンナ」が使われる前は普通でした。

「ちょんな」は柄を振り下ろして刃先で丸太の表面を削り出し、丸太を角材にするのが主な使い方でしたから、現代のように全て機械で加工する時代からすると気の遠くなるような時間と技が求められたことでしょう。


また、「ちょんな」を使うと、独特の波状の削り肌が残り、風情もあることから、「名栗面(なぐりめん)」という表面の仕上げかたにも使われています。

 
 

2018年8月22日水曜日

杉浦醫院四方山話―550『ブログ・知の冒険』

 この夏、当館に足を運んでくれた方には、ある種共通する傾向が顕著になってきていることを実感しました。

 例えば、昨日は午前中に長崎から男子大学生、午後には名古屋から若い女性が見えましたが、いずれもお一人での来館でした。

長崎からの医学生は大学の講義で知った「日本住血吸虫症」について、夏休みを利用してもっと深く知りたいと山梨を訪ね、昨日県立博物館、今日は当館に来たそうで質問も的確でした。

名古屋の女性はカメラ持参で「古い建造物に興味があって」と来館目的を告げ「それに地方病の事も知りたくて」とのことで「私は何時間でも・・」もお二人に共通していました。

「顕著な共通する傾向」は、昨日の二人のように①一人ないし二人で②目的を持って③当館に絞って④時間無制限で、の4点にプラス「若い方」でしょうか?


 猛暑の盛りに横浜から見えた男性=丹治俊樹さんもある意味屹立した存在感ある青年でした。自ら「ブログのライター」であることを名乗り、名刺もいただきましたので帰り際事務室でこちらの名刺も渡し雑談に及びました。

 「サザンの桑田佳祐と同じ鎌倉学園から大学院まで早稲田で、サラリーマンもしたけど今はライター生活をしている」と云ったプロフィールとブログサイト「知の冒険」が現在の主なフィールドだと教えてくれました。


その場で「知の冒険」を検索すると「世の中思った以上におもしろい」のコピーと共に「スポット知識発掘家・丹治俊樹」の世界が繰り広げられていました。

知の冒険

 世の中は思った以上に面白い!

  丹治さんは、このサイトに配信する記事を書くべく日本中を取材して回っているそうで、当館に来た前日は茅ガ岳の登山もして「深田久弥終焉の地」の足跡を追ったようです。

この「知の冒険」サイトは、「学びのスポット」「公園・自然系」「寺院」「面白・珍スポット」「お店」等々のジャンルに分かれ、ユニークなのは「色街・赤線・遊郭跡」もあることです。

これは、丹治さんの嗜好もあるのでしょうが、民俗学とか文化人類学と云った領域では必須のジャンルでもありますから、丹治さん知の冒険は、手法も含めて現代版「柳田国男」「宮田登」と云ったところでしょう。

 

 今年の酷暑にもめげず、車中泊も含めて今夏取材した山梨県内の記事が彼独特の文体で次々アップされてきましたが、8月15日付けで「学びスポット」として「【恐怖の地方病】甲府盆地に蔓延する死の病を撲滅した背景を学びに「杉浦醫院」を訪問した!」と、当館が取り上げられました。

 

 約2時間の取材で、細かな部分での誤記などあるもののこれだけまとまった記事にする手腕は、流石「ライター」を自称するだけの事はあると感心します。

取材しながら撮影した写真も有効に配され、読みやすさにまで配慮が行き届いているのも見事ですが、末尾2枚の汚い男の写真が余計かな?まあ「真を写す」のが写真ですからどうにもなりませんね。