2019年2月5日火曜日

杉浦醫院四方山話―570『加茂先生のEMBAY 8440』

  過日、昨年に引き続き北里大学医学部寄生虫研究室のメンバーが来館くださいました。

これは、辻教授が研究者と学生に授業の一環として設定した校外学習でもあることから、実際に臨床医として地方病の患者を診察・治療した巨摩共立病院名誉医院長の加茂悦爾先生にもご足労頂き講義をいただきました。

 地方病の患者を実際に診察・治療したドクターも山梨県では、横山先生と加茂先生のお二人になってしまったことも地方病風化と無縁では無いように思いますが、今回のように寄生虫を研究していこうと云う若い研究者・学生に当館がお役に立てることは光栄でもあります。

加茂先生の講義を熱心に聴く辻研究室の方々

  辻教授から加茂先生には昨年も持参いただいた「プラジカンテル」の試作段階で商品名も無い[EMBAY 8440]を今年も持参願いたいとの連絡がありましたから、加茂先生にお伝えし持参いただきました。

加茂先生所有の「EMABY 8440」 

 辻教授によれば、「これは何処にも無い貴重な物で、写真ですら見たことがありません」と云うお宝ですが、几帳面な加茂先生は自筆で「1975~1976」更に「昭50~51」と包装箱に忘備メモがありますから、加茂先生がこの試作段階の薬を入手した時期でしょう。

 

 加茂先生は、信州大学医学部を卒業して、昭和32年に当時の山梨県立病院の内科医として医者生活をスタートしたと云う自分史と地方病との係わりを重ねて語りました。先生は「杉浦三郎先生に背中を押してもらって」といつも謙遜して云いますが、昭和48年に「日本住血吸虫性肝硬変症の免疫病理学的研究」の英字論文で学位を取得しました。

先生は、学位取得後も研究を重ね、昭和50年から51年には国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)の寄生虫部長 石崎 達先生の下で研究を重ねていますから、この「EMABY 8440」は、国立予防衛生研究所時代のものだそうです。

その翌年にはWHOのデュッセルドルフ会議にも参加していますから、三郎先生同様、勤務医をしながらも研究を欠かさなかった稀な医師でもあったことが分かります。

 

 加茂先生が持参下さった日本住血吸虫症の特効薬「プラジカンテル(Praziquantel)」の試作品「EMBAY 8440」名の実物は、ドイツの製薬会社バイエル社が開発したものですから、包装箱や薬瓶の表示文字は全てドイツ語です。

分子式は、C19H24N2O2だそうですが、寄生虫の細胞膜のカルシウムイオン透過性を上昇させることで寄生虫が収縮し、麻痺に至る薬のようです。

 

 浅学には詳細は分かりませんが「EMBAY 8440」について検索すると英語、ドイツ語表記サイトが主で、数少ない日本語サイトの中に1979年発刊の医学専門誌に「日本住血吸虫症に対するEMBAY8440 (Praziquantel) の臨床的使用経験」と題した加茂悦爾・石崎達両氏連名の論文がありました。

加茂先生名が筆頭ですし、「EMBAY8440の臨床的経験」の題名からも石崎氏の要請で加茂先生が日本住血吸虫症の患者に使ったうえでの論文と推測できます。

 

 このような臨床過程を経て「EMBAY8440」が、商品名「プラジカンテル」として発売されたのは、山梨県でも新たな患者が出なくなった昭和50年代ですから、日本の患者には「スチブナール」が身近な特効薬ということになりますが、林正高先生がフィリッピンの患者20万人を救済した募金活動は、この「プラジカンテル」の購入費用でもありました。

 

 質疑応答の中では、辻先生から「プラジカンテル」は水に溶けないから子どもには服用が難しいことやフィラリアなど他の感染症の伝播も「人間の移動」が主原因だったから、甲府盆地に蔓延した地方病も中国から持ち込まれた可能性が大きい」と云った示唆もあり、私たちにとっても貴重な学習機会となりました。