2011年5月12日木曜日

杉浦醫院四方山話―43 『杉浦家5月のお軸』

 5月になりましたが、高低差のある山梨県では、富士北麓や八ケ岳南嶺には桜がまだ残り、甲府盆地ではツツジが咲き、藤の花房がほころんでいます。季節の変わり目であるこの時期、草の花も新緑に映えてきれいですが、草は「雑草」として、忌み嫌われているのが気になります。
 古典で言う5月(さつき)は、現行の暦では6月中旬以降ですから、「五月雨(さみだれ)」は、現在の梅雨を指し、五月(さつき)は、うっとおしい季節の象徴として使われ、現在のさわやかな5月のイメージとはだいぶ異なります。
 このように春と初夏の微妙な季節に加え、日本の古典との暦の違いも重なって難しい季節である5月の杉浦家の掛け軸は、「躑躅ツツジ」です。
 私たち甲州人は、「躑躅が崎の月さやか 宴をつくせ 明日よりは・・」の武田節で、この「躑躅」という漢字にも免疫がありますが、とてつもなく難しい漢字で書けないどころか、読めないのが一般的でしょう。
 躑躅[つつじ]は、春の季語ですが、春の季語も早春から晩春まで細かく分かれ、躑躅は早春に使うと「笑われる季語」だそうで、「ダイタイでいいや、ダイタイで」といった感覚では味わえない世界のようです。
 この軸も細身で控え目な掛け軸ですが、装丁の色調が思わず唸ってしまう形容しがたい素晴らしい色合いで、無粋な私でも「いいものですねー」と見入ってしまいます。書は、「和漢朗詠集」の短冊切りの作品です。句の下の「白」「順」は、詩句の作者名を略したもので、「白」は白居易、「順」は源順です。では、井伏鱒二センセイ風に勝手な解釈をしてみましょう。
躑 躅  
*晩蘂尚開紅躑躅 秋房初結白芙蓉
(暮春の花、紅つつじも遅咲きの花の頃になると、秋の花である白い蓮の花が早くも蕾をふくらませ、姥より蕾に眼が行くなぁー)白居易

*夜遊人欲尋来把 寒食家応折得驚
(深紅のつつじの花を、燈火にと夜遊び人は取ろうとするだろう、火のない寒食の家では火種にと折り採って、花であることに驚くだろう)源順

*おもひいづる ときはのやまの いはつゝじ いはねばこそあれ 恋しきものを
(あの人のことを思い出すときは、常磐の山の岩つつじが人知れずひっそりと咲いているように、言葉に出さないから人は知らないけれど、心はあなたへの恋しさでいっぱいです)

最後の和歌は「古今集」所収の詠み人知らずの恋歌ですが、こうして解釈を試みてみるとやはり漢詩より和歌の方がピンときます。「ときわ」の掛詞や「イハつゝじ」と「イハねば」の押韻など日本人の洒落と和歌の奥深さ、かな書の美しさを教えてくた「5月のお軸」です。