2019年10月16日水曜日

杉浦醫院四方山話―594『再びの陸の孤島化・雑感』

 「災害は忘れたころやって来る」もしくは「忘れたころやって来る」と云いますが、5年前の2014年2月14日からの豪雪は、山梨県を『陸の孤島』と化しました。

私達は普段「山梨は富士山と八ヶ岳が守ってくれるから台風などの災害も少ないし風光明媚でいい」とか「冬も雪はそんなに降らないし日照時間は日本一だ」と云った自画自賛を挨拶のようにしていましたから、物流が完全にストップした状態が何日も続くと改めて山梨の地形とほぼ並行して走る中央線、中央道、国道20号に頼り切った「幹線」のありようを思わずにいられませんでした。

 

 今回の台風19号でも今日(2019.10.16)現在「陸の孤島」状態であることを山日新聞が詳報しています。一面の大見出しは「中央線18日運転再開」、小見出し「特急は今月末見込み」「中央道復旧に一週間」と報じ、下記の「通行止め、運転見合わせ」地図を掲載しています。



 AI時代の到来が叫ばれる現在では、今回の台風も「安倍政権による消費税増税隠しの人工台風だ」とか「アメリカの気象兵器だ」と言った指摘もネット上には飛び交っていますが、雨・風は自然災害の代表で、太古の昔から自然の脅威や怒りにひれ伏し、山の神や海の神にも祈ってきたのが日本人で、この国の風土でもありましたから安直に政治に結び付けての非難は、八つ当たりと云った誹りを免れないでしょう。

 

 自然災害減少の為にあらゆる科学を動員して予知する防災活動や起こった災害や被災者への救援には政治も寄与すべきでしょうが、自然の本質や摂理からすると限定的で限界があるのは、むしろ人間がこれ以上傲慢にならない為にも必要なことのようにも思います。

 

 同時に物事の効率や便宜を優先する都市化社会では、新幹線のリニア化やタワーマンション化などに注目が行き勝ちですが、獣道も含めあらゆる道が近隣と結ばれ、山に囲まれ閉鎖された山国・山梨では無かったとする網野善彦氏の指摘も「陸の孤島」化を防ぐ貴重な教訓のように思います。


 幹線の通行止めで確かにコンビニやスーパ―の商品が品薄になったりはしますが、「地産地消」の道の駅等では、地域で収穫できる野菜や果物は揃っているようですから、人為的な制度や階層に関係なくある意味公平に襲い掛かる自然災害による不便位は、ツベコベ言わず耐える精神が必要でしょうが、認識不足の軽口をたたいては「真意ではなかった」と強弁するバカな政治が続いている現実が「自然災害も衆愚政治の人災」 云々の引き鉄になるのでしょう。