2011年11月2日水曜日

杉浦醫院四方山話―89 『菊と土』

 太平洋戦争も末期に入ると日本では、本土決戦に備え「竹槍訓練」などに取り組んでいたのと対照的にアメリカは、然るべき人物が冷徹な目で、敗戦後の日本の占領政策と日本統治に生かす研究をあらゆる分野で進めていたことは、歴史家・色川大吉氏が詳細に指摘していますが、日本人をトータルに把握した「菊と刀」も研究成果の一つでしょう。著者は、アメリカ政府が日本研究を委託したルース・ベネデクトという女性人類学者ですが、日本での現地調査が不可能のため、日本に関する書物、日本の映画、在米日本人との面談等を材料に研究を進め、日本文化の基調を<義理><恩><恥>から探究し執筆しました。「菊」は天皇制、「刀」は武士道の象徴でしょうが、「菊」には、日本人が幼い頃から厳しい「しつけ」を受けることで、レール上を着実に進み、上からの理不尽な統制にも従順に従い、集団として乱れない様を手間暇かけて体裁を整えられ、日本人が好んで鑑賞する「菊」に例えたものでもありました。
 「菊と刀」の解釈はさておき、「菊と土」について、貴重のお話を伺いましたので報告いたします。ご覧のように杉浦医院玄関を西条一区の堀之内一郎さんが丹精込めて育てた菊で飾っていただきました。これは、堀之内さんが毎年西条一区の文化祭に出品している菊を今回、樋口・三井両議員の橋渡しで、杉浦医院に届けていただいたものです。今月は、団体の予約見学も数多いことから「菊香る玄関」になり、ありがたく拝借することとなりました。「菊づくりは土づくり」と云った言葉から、このように立派な大菊をつくる第1の要素は「土」であること位の知識しかありませんので、昨日、堀之内さんから、管理の仕方など直接ご指導いただきました。その折、堀之内さんの菊づくりについて、興味深い話を伺いました。堀之内さんが菊作りを始めたきっかけは、「茄子苗づくり」だったそうです。茄子の苗は、雑菌に弱く、良い苗を作るには、「土」が重要だったとことから、土づくりを試行錯誤した結果、川底の泥土を引き上げ、乾燥させた「土」が有効であることを発見したそうです。一見すると、雑菌の塊のような川底の泥土で見事な茄子苗が育ち、たくさん出荷できるようになったことから、菊にもこの土は生かせるのではないかと、菊作りを始めたそうです。茄子に有効な「土」は、菊にもご覧のとおりで、確かに鉢の土は、水の浸透も速く、色合いも川砂のような感じです。
 ベネデクト女史は、各自が善悪の絶対基準をもつキリスト教の西洋的「罪の文化」に対し、日本の文化を内面の確固たる基準を欠き、他者からの評価を基準に行動が律されている「恥の文化」と大胆に類型化しましたが、菊の出来栄え一つとっても他者からの評価を潔く受けることを前提に研究を重ねる日本人の内面について、今回の堀之内さんの「菊と土」のような現地取材ができなかった状況下での類型化には、無理と洞察不足の感は否めません。