2018年6月18日月曜日

杉浦醫院四方山話―544『井伏鱒二と甲州ー1=旅好き?=』

た 山梨県立文学館で開催されていた特設展「生誕120年 井伏鱒二展」は昨日が最終日でした。あらためて、井伏がいかに甲州・山梨を好んだかが分かる特設展でしたが、キャッチフレーズの「旅好き 釣り好き 温泉好き」にはちょっと首をかしげました。

 

 それは、「好き」で重ねるなら最初の「旅好き」を「酒好き」もしくは「煙草好き」にすべきだろうと云う私の違和感でした。

本名・井伏満寿二を鱒二とペンネームに魚を入れたほどの「釣り好き」と下部温泉を始めとする県内各所の温泉を作品に結実させた「温泉好き」故に、両方が楽しめる山梨を好んだのでしょう。

私には「釣り」と「温泉」を求めての甲府行=幸富講のように井伏が日本各地を旅することが「好き」だったという印象はありません。

 

 それよりも井伏と云えば「この杯を受けてくれ、どうぞなみなみと注がせておくれ、花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だ」と訳した「于武陵の勧酒」です。

人間は、くよくよ思い煩いながらより、友と楽しく酒を酌み交わす時間を大事にしなければダメだ。そう、人間はいつかは別れなければならないのだからと云う、井伏の人生哲学がこの名訳に集約されています。

 

 上等なユーモアに裏打ちされた何事にも動じないひょうひょうとした存在感は「体に良いとか悪いとかより好きなものをおいしく食べ」、「飲んで酔わないと体に悪いから飲んだら酔って」と好きなだけ飲み、二日酔いになったら、ぬるい風呂にゆっくり入り、それで酔いが冷めたら、また飲みはじめたと云う井伏の酒好きは、伝説的でもありました。 

 甲府での定宿「梅が枝」での昼からの酒盛りや、ジョニ黒が並ぶ自宅テーブルでの飲酒写真など矢張り、井伏の「酒」は「釣り」「温泉」と同列か上ですから、この3つを同時に楽しむ「旅」が幸富講と命名した甲府行きだった訳で、「旅好き」とは違うかな?と・・・

 

 まあ、今回の特設展では、なぜかジョニ黒をおいしそうに飲む家での写真も当116話「紫煙文化ー2」で紹介した「さあ、一服」の代表的な写真も展示されていませんでしたから、下種が勘繰ると「酒」や「煙草」を県立文学館が「教育的」配慮で自己規制した結果が、「旅好き」に落ち着いたようにも思えます。

 

もしそうであったなら、「余計な気遣い無用、いらぬお世話だ」と井伏もこぼしていることでしょう。