2014年2月8日土曜日

杉浦醫院四方山話―312 『昆虫採集セット-1』

 前話の「大きな古時計」は、高さが170センチ程あり、地震などで転倒しないように時計と裏の壁は針金で固定されていました。今回の修理で、裏まできれいに拭き掃除をする為、固定を外して前に移動しました。すると、壁と時計の隙間に埃にまみれて眠っていた懐かしい「昆虫採集セット」がありました。

 夏休みの苦い思い出は、「夏休みの友」と「自由研究」でした。こういった課題や宿題から逃れられたらどんなに楽しい夏になるだろうかと悩んだ記憶もありますから、学校が勝手に押し付ける「夏休みの敵」と「不自由研究」は、子ども中心の発想からは生まれない産物だと思うのですが・・・・ そう云えば、9月には講堂に集められ「自由研究発表会」もあり、選ばれし高度な研究を嬉々として発表していた優秀な同級生もいましたから、要は、落ちこぼれの恨み節ということでしょう。

 

 そんな訳で、私の自由研究は、毎年「昆虫標本」でした。そういう意味では一貫した「研究」をしていたことになりますが、そんなのは全然評価されませんでしたし、なぜか私同様、その他大勢の男子は「昆虫標本」が定番でした。

「虫取り」は、貧しい戦後の少年たちにとっては金のかからない遊びで、湯村山に毎日のように通い、採った獲物を自慢して喜んでいましたから、遊びの延長の自由研究ですが、虫かごに獲物を入れて提出するわけにもいかず、標本にしたと云うのがかろうじて「研究」だったのでしょう。そこで世話になったのがこの「昆虫採集セット」だった訳です。


キレイ好きなWさんが、ご覧のようにキレイに磨いてくれましたから、新品同様ですが、箱中央下にある青い蓋のボトルが貴重で、研究をしていると云う実感を味わうことが出来る代物でした。色あせしていますが、向かって左は赤で、右が青のボトルでした。

先ず、生きているカブトムシの腹に赤いボトルの液を注射器で打ちます。しばらくして力強かったカブトの足の動きが鈍くなるのを見計らって、青いボトルの液を注射器に吸い、打ちます。

この連続動作の時に、毎年、気分は野口英世だったのも思い出します。なぜ毎年、野口英世だったのか?多分、高名な医者の名前で知っていたのが、野口英世だけだったのでしょう。

このセットの上箱の裏には、「注射器・注射針から始まって防腐液(青)・殺虫液(赤)や虫メガネではなく、聞きなれない「ルーペ」に「ドクツボ」など以上11点」と表記され、何だか医者になったような気分にさせてくれる仕掛けになっていて、その他大勢組は、みんな一緒だったと思います。

この偉大な「昆虫採集セット」を現在の子どもたちは知りません。そんな不幸があって良いのかと私などは思いますが、今日は降り積もる雪ですから、「杉浦醫院雪景」撮影に出ますので、その辺については、次話にて・・・