杉浦醫院四方山話―396 阿刀田高講演会 『言葉遊び』
講演後、図書館の依頼に応じて阿刀田氏が色紙に記した言葉は
「花は散るために咲く」でした。
「花は散るために咲く」は、太平洋戦争の特攻隊員の座右銘でもあった「散るために咲いてくれたか桜花 散るこそものの見事なりけり」や軍歌・同期の桜の「 咲いた花なら散るのは覚悟 見事散りましょ 国のため」と重なります。
現在、昭和町立図書館ロビーでは、この色紙を囲むように「阿刀田高フェアー」が開設されています。「花は散るために咲く」をステロタイプに額面通り受け取ると阿刀田氏は、軍国少年のままなのか?と・・・・
阿刀田氏は、日本ペンクラブ会長当時、毎日新聞紙上で次のように明言しています。
≪実は私たちの世代は戦時下の子ども時代、国家のために死ぬんだと教えられました。だから、やれ本土決戦だと竹やりを持つようになると、敵国が攻めてきたら死ぬ覚悟でした。
しかし、戦争が終わって日本国憲法が施行されたとき、戦争の放棄をうたい軍隊を持たないというのだから、なんと素晴らしい決心だろうと感動した覚えがあります。私は、人を殺すくらいならば、自分が死ぬ道を選びたい。特別な倫理ではなく、同じ倫理観の持ち主はきっといるはずです。
だから私は命がけで平和を守り、それでも攻撃を受けたら、丸腰で死ぬんだと覚悟を決めています。攻められたら死ぬんです、という覚悟が憲法9条の精神だと思います。
私たちはこうした憲法を保持し、培ってきた。だから、この65年間戦争しないでやってきたのです。≫と。
また、別のインタビューに答えても
≪ 私は10歳のときに長岡大空襲に遭い、強いと教えられた日本の軍隊が国を守ってくれないことを思い知らされました。広島、長崎の惨禍も防ぐことができなかった。だから軍隊を持てば国を守れると言われても、どこまで信頼したらいいのかと思ってしまう。
一方で、軍備を持つ国から攻め込まれたらどうするのか、と必ず問われます。私の答えは決まっています。そのときは死ぬんです、とはっきり申し上げております≫と。
「花は散るために咲く」の言葉も単に軍国用語として捨て去るのではなく、慣れ親しんだ言葉を阿刀田氏流のアイロニー、逆転の発想で、平和主義に徹するために「丸腰で攻められたら死ぬんです」の覚悟、信条を「花は散るために咲く」と形象する鋭さと柔らかさ!
青二才は「また見事に一本を取られたな~」と脱帽です。
超洒脱な阿刀田氏は、昭和町での「講演会」にも疾風のように現われて、きっちり記念色紙への揮毫まで計算して、日本語の言葉遊びの楽しさと文化を語り、疾風のように去って行きました。
余韻も味わえるよう仕立てられた「読書はおいしいぞ」講演会、「わかるかな~」と帰路の中央線車中でニンマリする阿刀田氏。
「いやあ~おいしすぎて!参った参った」デス。