2016年4月18日月曜日
2016年4月14日木曜日
杉浦醫院四方山話―471 『宮入慶之助記念館だより 第23号』
特定非営利活動法人宮入慶之助記念館が定期発行している「宮入慶之助記念館だより」の23号が届きました。毎号、記念館や日本住血吸虫症、ミヤイリ貝に関係する記事で構成されていますが、今号には巨摩共立病院名誉院長の加茂悦爾先生の原稿が載っています。
限られた字数の中でしょうが、先生の研究生活とこの病気との係わりや今は無き「山梨医学研究所」の歴史など書き残しておかないと消えてしまう内容ですので、全文を転載します。
限られた字数の中でしょうが、先生の研究生活とこの病気との係わりや今は無き「山梨医学研究所」の歴史など書き残しておかないと消えてしまう内容ですので、全文を転載します。
『日本住血吸虫宮入貝感染実験当時の思い出』
巨摩共立病院名誉院長 加茂悦爾
私は昭和31年に信州大学を卒業、昭和32年に山梨県立病院第一内科に勤務しました。
当時の肝硬変末期患者の治療法は、腹水除去のみでした。
巨摩共立病院は、甲府盆地西側の南アルプス市桃園に所在します。ここに私が来て間もない昭和42年に、山梨県で「地方病(日本住血吸虫症)の神様」と言われていた杉浦三郎博士との出会いがありました。同先生から「今までの仕事をまとめて学位を取りなさい」と勧められました。
私は故郷で開業医になるつもりでいたので学位取得は念頭にありませんでしたが、卒業後十年にして母校の病理学教室の研究生になりました。
そして、毎週金曜日に大学に通い「日本住血吸虫性肝硬変は自己免疫疾患か?」という仮定のもと、数年間の動物実験に携わる事になりました。
それには、寄生虫学と順応生化学両教室の絶大なご支援を頂きました。
巨摩共立病院は職員数約千名の公益法人山梨勤労者医療協会の一病院で、そこの旧伝染病棟を改築して本県における難病解明のために「山梨医学研究所」が昭和52年に開設されました。
その目的は、本県で高死亡率の肝硬変・肝がんは日本住血吸虫やブドウ酒に起因するのではないかを、更にリュウマチの病因も解明する事にありました。
草野信男元東大病理学教授を所長とするこの研究所は病理・生化学・寄生虫の三部門から成り、二台の電子顕微鏡や冷暖房完備の動物飼育室などがありました。
私は研究所前庭の一角に宮入貝飼育池を設置し県予防課地方病科の米山係長の協力や研究所職員数名の協力により集めて来た貝をその池で飼っていました。
私が急性日本住血吸虫症患者を診察したのは、昭和38年が最初にして最後でした。昭和40年ごろから本県における検便の虫卵検出率は激減し、本症の診断には皮内反応と直腸生研が不可欠となりました。
学位取得後も私の研究は続き、諸種の実験動物を飼育しました。宮入貝感染法、皮内反応試薬の作成、COP検査などには、国立予防衛生研究所や山梨県立衛生研究所の大きな協力をいただきました。
残念ながらこの法人は、昭和58年に130億円の債務超過をもって倒産し、研究所は閉鎖され、私の研究生活は終わりました。
診療生活に移って14年後の平成7年に、債務は7千人の債権者に全額返済され、その翌年に私は退職しました。
私自身にとって実体顕微鏡下に観察し得た宮入貝感染状況は驚きであり、これを8mm映画に撮って置きました。このフィルムは昨年2月に私が宮入慶之助記念館を訪問したことが機会となり、映像とともに説明を加えてデジタル化されたDVDとして生き返りました。
いくつかの大学で学生の教育や一般講演にも使われているようです。
多くの方々に喜ばれたことは、偶然の事とは言え、私の望外の喜びとなりました。
2016年4月6日水曜日
杉浦醫院四方山話―470 『ダーク・ツーリズム-2』
山梨では昨今「ワイン・ツーリズム」が脚光を浴びていますが、これは以前からあった「ワイナリー巡り」とは違った新たな旅行スタイルで、ワインの原料となるぶどうを育んだ土地を散策しながら、ワイン産地の自然や景観からそこで生活する人々や文化にも眼を向け醸造家とも交流して、自分好みのワインを探していく旅と云ったところでしょう。
味の講釈より腰を落ち着けてじっくり飲みたい私のような人間にはあまり向かない旅ですが、フットワーク良く歩いて見学したり飲んだりの旅は、確かに単なる酒好きの宴会旅行とは一線を画す新たなスタイルで「若かったら、そんな飲み方も・・」とは思いますが、私には「どうも」です。
そんな根暗向きの旅という訳ではありませんが「ダーク・ツーリズム」も「ワイン・ツーリズム」同様新たな旅のスタイルとして、もっと拡散していくに値する旅で、ジワリジワリですが広がっている様に思います。
「ダーク・ツーリズム」と云う言葉は、日本では聞きなれないかも知れませんが、欧米では歴史も市民権もある旅の一ジャンルです。
直訳すると「暗い旅」ですから、物見遊山やレジャー志向の旅ではありませんが、例えば「広島の原爆ドームと平和公園は見ておきたい」とか「3・11の実態を自分の眼で確かめたい」と云った思いから旅に出るのが「ダーク・ツーリズム」ですから、何らかの「学習」を内包した旅とも云えますが、正確には「人類の悲しみを承継し、亡くなった方をともに悼む旅」と定義されています。
「ダーク・ツーリズム」の象徴ともなっている「アウシュビッツ強制収容所」は、第二次世界大戦中に、ヒトラーのナチ政権が国家をあげて推進した人種差別政策により、最大級の惨劇が生まれた所ですが、ここでは見せしめの「死」からガス室に送られる「死」、飢餓による「死」、病気による「死」、過酷な労働による「死」など、ありとあらゆる「死」であふれていた日常を目の当たりにする訳で、「人類の悲しみを承継し、亡くなった方をともに悼む旅」に世界中から多くの人々が集まるのは、矢張り人間の尊厳ともいうべき畏敬の念は、普遍的に共通して持ち合わせた感情であることを証明しているのでしょう。
山梨の風土病であった日本住血吸虫症=地方病も流行終息宣言から20年経つと若い世代からは「地方病って痴呆症のことかと思った」と云う素直な声や感想も聞かれる程、ある意味風化の一途をたどっていますが、山梨の近代と現代を語る上には欠かせない風土病で、多くの方々の命を奪った事実は消えません。
山梨の「ダーク・ツーリズム」コースを構想すると当館は外せない存在になりますが、病だけでなく戦争による死者もいますし、死に限らず現在は姿を消してしまった多くの歴史的遺産などもダーク・ツーリズムを構成しますから、さしずめ当館はその拠点施設ともなりますから、点を線にしていくようなハブ機能も考えていきたいと思います。
2016年4月5日火曜日
杉浦醫院四方山話―469 『ダーク・ツーリズム-1』
京王観光が主催したバスツアーで3月だけで3回、東京から団体見学として来館いただきました。
今回のツアーを企画して1月に下見に見えたI氏の名刺には「仕入部」とあり、常に新たなスポットを提示して集客を図る旅行会社は「仕入部」と云う部署を設け、担当者はアンテナを高くして「これは!」と思う新スポットを開拓していることを知りました。
I氏は「3月末に3回予定して、京王線沿線の方を対象に参加者を募ります。ただ最少催行人数に達しなかったらキャンセルになりますが・・・」と話しながらも当館に確かな手応えを掴んだようにも感じました。
まあ、一般的には最少催行人数を少なく設定すると催行中止の確率は低くなる分、参加費は高くなり、逆に多く設定すると参加費は安くなるが、催行中止の可能性が高くなるのでしょうから、この辺の人数設定も旅行会社では過去の経験やデータからはじき出すのでしょう。
2月に入ると「3回とも参加人数に達しましたから予定通り伺います」と連絡があり、当館の見学は午前中1時間の予定であることが分かりましたから、京王観光に当館製作のDVDを貸し出し、バスの車内で事前に観賞して来館いただくよう図りました。
到着したバスガイドさんが「笹子トンネルを出てDVDを上映しましたら、昭和インターで丁度終わりピッタリでした」と報告くださいましたが、日本住血吸虫症=地方病についてご存知ない方々が、車中でのDVD観賞で「寄生虫病」であることなどの予備知識を得て見学いただくことで、より興味を持って効率的な見学会になりました。
案内しながら参加者から「DVDを観て私は泣いてしまいました。今日は休暇を取って参加して本当に良かった」と云った感想をいただくなど時間も延長しての見学会は参加者の熱意で有意義なものになりました。
このツアーは、当館と韮崎の大村美術館をセットにした企画のようですが、当初は話題性から「大村美術館目当ての参加者かな?」とも思いましたが、どっこい当館に興味があってと云う方々から直接声掛けをいただき、「日本人の旅行も時代はダーク・ツーリズムの流れかな?」と実感できたツアーでした。
2016年3月17日木曜日
杉浦醫院四方山話―468 『電脳?上野千鶴子講演会』
パソコンとブログサイトの相性が悪く(?)、しばらく更新が中断していましたが、この度サーバー管理会社専門家のスキルで問題が一掃されましたので、再開してまいります。
アナログ人間には詳細は分かりかねますが、当館ブログは、グーグル無料ブログのブロガーを使っていますが、パソコンのインターネットエクスプローラーの新旧で、写真が起ちあがらなくなったり、プレビューで確認できなくなったりと云った不具合が生じるとのことでした。
個人的なパソコンなら相性のいいと云うグーグルクロームを使えばスムーズなようですが、公のパソコンでは、勝手にグーグルクロームを導入できない規制があることなどこの間のトラブルで、IT学習もできたようにも思いますが、本質的なことはサッパリです。
今回のような症状は、自分のスキルや扱いに原因があるのかと当初は思いましたが、同僚や決済公開をする課長のパソコンも同じ症状であることが分かるとツール自体の不具合で、自分たちではどうすることもできない所に歯がゆさを感じ「電脳もたいしたことないな」などと思ったりしていました。
電脳で思い出すのは、上野千鶴子氏の講演です。「悔しいくらい頭がいい」と素直に思うのは、話の歯切れ良さに加え構成・展開の見事さと内容の深さとキレで、時折さりげなく入るジョークも一級で、噺家や脚本家も顔負けの感もあります。
その上野千鶴子氏の講演会が、今度の日曜日(20日)に昭和町で図書館まつりの一環として開催されます。最近では、全国からの高齢者問題や男女共同参画問題等々の講演で超多忙な講演活動の中、新刊も出ていますから、時間の使い方や生き方も「電脳では?」と思わずにはいられません。
昭和町には、今度で4回目の来町で、今回は「読むよろこび、知るたのしみ」と曖昧なテーマでもありますから、逆にどんな内容でどうオチが着くのかまでミステリー講演会として、上野節も堪能できるものと思います。今からでも申し込み可能のようですから、お急ぎ下さい。
「上野千鶴子氏講演会」
平成28年3月20日(日)
午後2時~3時30分(開場1時30分)
会場:昭和町総合会館2F(役場正面)
申し込み先:055-275-7860(昭和町立図書館)
2016年2月25日木曜日
杉浦醫院四方山話―467 『富士市文化連盟』
昭和町には「昭和町文化協会」があり、ふるさとふれあい祭りに合わせて「昭和町文化祭」を開催していますが、静岡県富士市には「富士市文化連盟」が約4000人の会員を組織して、毎年「富士市総合文化祭」を開催しています。
その富士市文化連盟が、今月29日(月)に会員対象に当館の見学研修会を計画くださいました。これは、既に当ブログでも紹介し、山梨放送や山日新聞でも報道されましたが、昨年10月に富士市の辻村音楽企画店の辻村社長と技術主任の臼間氏のお二人が丸一日かけて当館応接室にある昭和8年製造のヤマハピアノの修復調律をボランティアでしていただいた「縁」によるものです。
辻村氏は、富士市と富士宮市の公共施設や学校のピアノの調律も多数手掛けているそうですから、富士市の音楽関係者や文化団体では知らない人はいない存在でしょうし、辻村夫人はピアニストであり合唱指導者としても著名な方ですから、当館のピアノ修復ボランティアのニュースも富士市文化連盟にも伝わり、今回の研修会場として当館が選定されたようです。
流石は文化連盟の企画だと感心したのは、予定コースが物見遊山ではなく、当館と県立博物館の二か所で、午前、午後しっかり時間を確保しての計画であることと、当館見学後に辻村氏の手による調律済みのピアノを使って、参加会員によるミニコンサートを開催しようという意欲的な企画です。文化連盟会員の中にはピアノに長けた人やコーラスで鍛えた歌唱力の方、楽器に堪能な方等々多彩でしょうから、当館のピアノを囲んでのミニコンサートも文化連盟ならではの有意義な一時になることでしょう。
当ブログでは、辻村氏のピアノ再生作業を450話からの「ピアノ再生物語」と題して連載しましたが、最終454話の末尾に以下のお願いを書き添えました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5回に渡り、今回の当館ピアノ再生作業について、ご紹介してきましたが、ピアノ素人の視点からの記述で、内容的に辻村氏の本意あるいは説明と違う、不正確な部分もあるかと思います。お気づきの点がありましたら、電話にてご教示いただけたら幸いです。055-275-1400
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・富士市観光連盟の皆様の来館が決まった旨を辻村氏からも連絡いただき、その最後で「ピアノ再生物語に一つだけ訂正箇所があります」と遠慮がちにご教示いただきました。
訂正が必要な詳細は次話で報告させていただきますが、今回の「ご縁」をいただいた辻村氏には重ね重ね感謝申し上げます。
2016年2月1日月曜日
杉浦醫院四方山話―466 『終息20周年の今年・・・』
平成8年2月に山梨の地方病も「流行終息」が出され、県内の有病地25市町村で組織した「山梨県地方病撲滅協力会」も終息碑を建立して解散しました。今年は節目の20年になりますので、山梨県でも博物館が特別展など開催するでしょうが、当館でも講座を開設したいと企画中です。
杉浦三郎博士が昭和52年に82歳で亡くなった後も地方病の患者さんはいましたから、県内の多くの医師が引き続き治療と研究に携わりました。
元県立病院の横山宏先生、共立病院の加茂悦爾先生、元市立病院の林正高先生は、その代表格でしょう。
この三人の先生方は、揃って現役の医師としてご活躍中ですが、間もなく90歳を迎える横山先生を筆頭に80代で一番お若い林先生も昨年大病を患ったそうで、この機会にそれぞれの先生方の「地方病」について、是非ご講義いただき記録としても残しておかなければと思います。
また、地方病終息に向けての取り組みも官民一帯のまさに協働の活動でしたから、特筆すべき内容と歴史性を内包しています。県衛生公害研究所はじめ各保健所での取り組みや昭和町の行政と住民の具体的な活動など当事者だった方々の話もこの先だんだん聞けなくなっていくでしょう。
更に、科学映像館の久米川先生のご協力で、当館には国内にある日本住血吸虫症関連の映像は、ほぼ全作揃っていますので、受講者には長短含めて全ての作品を鑑賞していただけるよう組み入れていきたいと思います。
| 当館二階の「座学スペース」:53インチのTV画面でデジタル化した映像が楽しめます。 トップページ左の「映像資料の公開」のバナーをクリックすると観賞可能な映像の詳細が分かります。 |
県生涯学習センターでも山梨学講座の一環として「やまなし回顧録」を開催し、2月19日の流行終息宣言日に合わせるように2月17日(水)に「山梨県の地方病終息史」を開講します。
当館にその依頼がありましたので、約1時間30分で「100年戦争」と云われた地方病終息までの115年の歴史をギュギュッとまとめてみたいと思います。 会場等の詳細は下記にてどうぞ。ttp://www.manabi.pref.yamanashi.jp/center/index.jsp?mode=topic&id=138&flag=0
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