杉浦醫院四方山話―347『入れ子・七段重箱』
土蔵に展示してある欅の重箱は、見学者にも珍しいのか、特に若い方から「これは何ですか」とか「どうやって使うんですか」と尋ねられることの多い一つでした。
重箱の蓋と本体がきっちり納まるよう同様の形状で、大きさの異なる容器などを順に中に入れる構造を「入れ子(いれこ)」と呼ぶそうですが、杉浦家の入れ子重箱は、写真のように七段あり、一般的な入れ子重箱は三段ですから、「重箱とは思わなかった」方も多いのでしょう。
過日、杉浦家とは長いお付き合いの八百竹美術品店の小林さんが、お仲間3人と見えました。小林さんは、骨董のプロでもありますから、展示品の詳細など教えてもらおうと案内しましたが、「私なんかより、こちらの柳沢さんがお詳しいんです」と紹介された柳沢さんは、宝飾の柳沢商会社長夫人で、「私は、杉浦純子さんの甲府高女の先輩になります」と、91歳とはとても思えない若さと博識で、土蔵に展示してある杉浦コレクションをご覧になりながら、貴重な話や説明をしてくださいました。
「懐かしいわね。この入れ子のお重は」と言いながら、「昔はね。暮れには正月料理をこのお重に一品ずつ作ったものよ。杉浦さんとこは7段重だから7品作ったんですね。正月も店が開いている現在と違って、冷蔵庫も無かった時代は、こうして正月料理をどっさり作っておいて、それを食べるのがお正月だったんです」とか「どこでも正月にだけ使うものだから、仕舞いやすいように蓋は蓋、お重はお重で、こういう風に重ねて仕舞いましたね」
また、展示してある矢羽の着物を観て「これは純子さんのものですか?」と聞かれたので「純子さんのお母さんが甲府高女に通った時の着物だそうです」と答えると「私の母も同じような着物を持っていましたから、ひょっとすると純子さんのお母さんと私の母は、女学校で同級だったかもしれませんね」
「今では、結納も略式になったり、結納なしも多いようですが、私たちの時代では結納に欠かせない袱紗(ふくさ)は、どこの家にもありましたが、こんな立派な袱紗は、矢張り杉浦先生の所は違いますね」等々・・・次話で、「袱紗」をご紹介します。