「今じゃあ、どこも苗は農協だけど昔は自分とこで作ってたから、ここが、ウチのねーまだったさ」 「親父が早く逝ったから、親父の後もう30年以上、田植え節句も俺がやってきた」 「時代で、ウチだって、若いしが俺が死んだらどうするか分からんけど、俺が生きているうちは俺のやり方で続けていくしかねーじゃん」
「ウチのやり方を覚えておかないと困ると思ったのか、若いしも写真に撮っていたから、正式かどうか分からんけどウチの正月飾りの写真も貸してやるよ」
「この時期、朝は特に寒いから昨日のうちに全部用意して、その一輪車に載せておいたさ」
「これから、この鏡餅を砕いて雑煮を作って家じゅうの神さんにお供えするのがお田植節句だから、固くなった鏡餅を砕くのが大変さ、包丁なんかじゃ割れないよ」
「家じゅうの神さんって?」
「屋敷神さんとか家によっても違うけど7つ8つはあるもんだよ」と云うことで、山本家の神さんを教えてもらいました。
「大黒さんはお金の神さんですか?お天神(てんじん)さんは何の神様ですか?」
「学問の神さんだね」
「ほう、家の中に金から学問まで、神さんを祀っているから、金持ちで学問にも長けてるんだ」と、納得。
井上さんが畝を切った農具「万能(まんのう)の柄にも一枚の紙垂(しで)が貼られていました。紙垂(しで)は、山梨では「おしんめー」と呼んでいますが、どうやら方言のようです。
しめ縄に付けることから「しめ」や神の前に祀ることから神=しんの前(めえ)などが合わさって「おしんめー」になったのか?定かではありませんので、どなたかご教示ください。この「おしんめー」も前話の山本さんと井上さんのおしんめーは形状が違いますから、神事や仏事の由来や違いなど調べだすと知らないことだらけであることが分かりました。矢張り、井上さんや山本さんのように神にひざまずく敬虔な生活習慣が身に着かないと神様のご利益もいただけないようですが、どうせやるなら井上さんのように農具にもおしんめーを貼るなど、万事手抜きなくやることは気持ち良いことだなあ~と、朝陽が早朝の澄んだ空気を突き抜ける田圃で、濁った心も洗われました。