「新春ですから話だけでも景気の良い方が」と、「儲けすぎた男」と銘打って、作家・渡辺房男氏をご紹介します。
当話242「一紅会歴史部会来館」でも触れましたが、渡辺氏は、1944年(昭和19年)に甲府市で生まれ、甲府一高から東京大学文学部仏文科に進み、NHK在職中に書いた「桜田門外十万坪」で第23回歴史文学賞、「指」で第18回世田谷文学賞、「ゲルマン紙幣一億円」で第15回中村星湖文学賞を受賞した実力派小説家です。
昨年、11月には、指紋鑑定の歴史と刑事裁判の証拠主義への流れなど犯罪捜査の定番「指紋」をテーマに興味深い新刊「指の紋章」が発刊されました。この本は、山日新聞でも取り上げられていましたが、作家・渡辺房男の名前は、山梨の郷土作家として林真理子ほど周知されていないのが不思議です。それは多分に両者のメンタリティーの違いから生じたものと思いますが、個人的には渡辺氏のスタンスが好きです。
さて、「儲けすぎた男 作家・渡辺房男氏」の表題は、たいへん犯罪的ですね。素直に読めば「渡辺房男=儲けすぎた男」になってしまい、誤解を招きかねません。
昨年の一紅会の来館を機に渡辺氏から新刊の案内や賀状もいただき恐縮していた折、郵便小包で文春文庫になった「儲けすぎた男 小説 安田善次郎」を送付くださいました。これで、渡辺氏の明治経済小説三冊が文庫化され、入手しやすくなりました。明治経済小説トリオとは、右の三冊です。
「儲けすぎた男 小説 安田善次郎」は、コピーに「富山の最下級藩士の家に生まれながら、一代で大財閥を築き上げた安田善次郎。幕末明治の激動期、貨幣価値の変化の機を捉え、莫大な巨利を手中に収めて、日本一の大銀行家へと昇りつめた男がみせた、ここ一番の勝負勘とは? 東大安田講堂を寄付し、近代日本金融界の礎を作った傑物の生涯を活写した歴史経済小説。」とあります。
「円を創った男 小説 大隈重信」は、「日本の通貨「円」はいかにして生まれたのか。旧幕時代の複雑な貨幣制度を廃し、統一通貨を「円」と命名する-。若き日の大隈重信の苦闘を通して、近代国家誕生のドラマを描く歴史小説」です。
新刊「指の紋章」もそうですが、渡辺作品は、丹念に膨大な資料にあたって書かれているのが共通していますから、経済にはあまり興味が無かった私にも楽しめたのは、資料に裏打ちされた正確な歴史小説だからだと思います。
学校で学んだ古代から始まった日本史では、中学でも高校でも近現代史は尻切れトンボで終わっていましたから、明治、大正、戦前のその時代と格闘した日本人の実像や現在まで続く制度の源流を知ることも出来、あらためて日本の歴史教育は、近現代史から始めた方が、興味が持てて良いのになあ~を実感しました。
「資料」で思い出すのは、同じ渡辺姓で昭和町河西にお住まいの小説家・渡辺清氏です。20年近く前、お宅で渡辺さんの小説作法を聞く機会があり、新聞、雑誌等の記事を小まめに整理してある資料ファイルを拝見し、資料収集は小説を書いていく上で欠かせない旨の話を聞きました。渡辺清氏の新作情報を聞かなくなりましたが、ご健筆でしょうか?
渡辺房男氏は、新たに「甲州金」をテーマに新作に取り掛かっているそうですから、郷土作家が描く甲州と謎の多い甲州金の解明に期待が膨らみます。