杉浦醫院四方山話―367『来館者素描-1』
10月は、団体の見学予約が多いのですが、夏休みから9月に掛けては個人の来館者が多く、案内しながら個人的な話も伺えたりして団体客とはまた違った面白さもありました。
そんな訳で、ここ数カ月の来館者の素描を試みてみたいと思います。
「一番怖いのは人間」と言い切ったAさん。
Aさんは、箱バンと俗称されている軽自動車のワンボックスカーで、身延方面から52号を上って来館されました。「私は、全国の市町村に行って見学するのが仕事みたいなものだけど、必ず役場に行って、職員にお勧めのスポットを紹介してもらい道案内もしてもらいます」と云い「昭和町役場で、ここを紹介されて来ました」と。「見学時間のご予定は?」と聞くと「時間はたっぷりあるから、いくらでもいいよ」との返答から、「個人情報」に立ち入った話になりました。
要は、善意から間に入った仕事で労務災害が起き、一命を取り留めた方の親族から「責任を取れ」と脅迫が続き「家に居られない状況となって、車で全国を転々としながら、ホトボリが冷めるのを待っている」身であることを語ってくれました。
「だから、時間は十分あって、障害者手帳を交付されているから、博物館や美術館は無料だったり、割引があるので、この際全部周って勉強しようと思いたった」と明るく話してくれました。
「ホテルや旅館に泊まる金はないから、あの車で寝泊まりして、昨日静岡県から身延町に来て、しばらく山梨県内の未だ行ってない市町村へ行って、長野県に行く予定」とのことでした。
このように山梨県も既に3回目だというAさんは、全国の資料館や博物館などを観ているので、随所にその勉強の成果が発露され、「日本住血吸虫」についての知識もあり、質問も鋭い内容に終始しました。
そのAさんから帰り際「あなたは、この世で一番怖いモノは何ですか?」と問われ、「うーん、怖いもの・・・一番・・」と、正面切って聞かれると「この歳になると死も身近で、怖くもないし・・」と窮してしまいました。
すると「あなたは、幸せですね。私は人間ほど怖いモノは無いと思っています。こんなに豹変してしまうのかと云う人間不信を経験しないで済む人は幸せです」と、しっかり目を見ながら諭されました。
有名な西郷隆盛の教えに「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也」がありますが、命も、名も、地位も、金もいらぬというような人は、大人物過ぎて処遇するのが難しいが、こういう「俗欲」で動かない人は、誠、仁、義といったもので動くから、そういう人でなければ、困難をともに克服して、国家の大業をなすことはできないんだと云った教えかと思います。確かに、このような大人物はなかなか居ませんから、「この世」は「金など俗欲で動く人間の集合体」であれば、Aさんの「人間ほど怖いモノは無い」は、リアリズムに満ちた箴言として届きました。